2009年7月 4日 (土)

ムーブ町屋

ムーブ町屋
京成線、都電、千代田線が通る町屋駅前にある「ムーブ町屋」。
これから、大好きな津久井克之さんのライブ。
「哀しい色やねん」が有名な上田正樹さんも大阪から参戦。
素晴らしいハスキー対決!
風がかなり吹いてる。

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2009年5月 6日 (水)

歌は祈る行為にも似ている。
いや、歌は祈りそのもの。繰り返し歌われる歌はマントラ。
身体を浄化し、エネルギーを満たし、祈りをこの世と天に響かせる。

踊りは体を通して、自身の身体に祈りを捧げる行為。身体を浄化し、天のエネルギーを降ろす行為。
それはやがて身体を通じて、身体を超えて、この世と天に送る祈りとなる。

歌と踊りは祈りの行為。

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2009年5月 4日 (月)

清志郎

今日は清志郎さんの弔いです。彼がこの世で使った肉体は灰になり、無機物になりました。
今日はブラジル音楽のライブに行ったら、彼の波長に合わせてしまい、号泣したい気持ちを必死に抑えました。
彼は、合意の上、もうあきらめて死を選んだのに、肉体を抜け出たら、あまりの悲しみの声に戸惑い、後悔しています。魂は重たく留まり、上がることができません。
その彼の気持ちに合わせると、号泣してしまいます。
私たちの送る声は、彼を軽くし浮かばせます。私たちの悲しみ歎く声は彼を重くし、後悔させ、責任を果たせなかったと思わせ、この世に留まらせます。
私たちは、彼の歌を歌って響かせ、いろいろな音楽を楽しんで響かせ、それを宇宙に響かせ、彼を送ろう。
それが彼を軽くし、原動力となり、彼を浮かび上がらせます。
そして彼には、天から歌声を響かてもらおう。

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2009年5月 3日 (日)

今日会った樹たち

今日会った樹たち。
はじめはイチョウ。古い公園。
なんだか、憂いがある。
あれ、イチョウって、憂いのある樹なのかな、と思って、もっと奥のボプラのような背の高い樹を見ると、やはり憂いがある。みんなちょっと、同じ方向に、体を遠避けるように傾いている。
理由がわかった。隣は地震関連の建物。その先は消防署だ。
地震関連の建物を訪れ、恐怖を感じた人たちの恐怖を受けている。

その先の神社の樹は、責任感強く、がんばってる。樹はふつう、がんばらないのに。
公園の樹が怖がっているから、自分たちががんばろうとしている。

その先の公園の樹は何かどうしたらいいかわからないような、申し訳ないようにしている。
憂いと怖れをもつ樹のそばで、人々に憩いだけを与える役割に、一抹のためらいがある。

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(@_@)

忌野清志郎さんが亡くなったと。
ショックです。
時代をリードする先輩として、同じ時代を過ごし、愛し、慕い、他にない声に親しんだミュージシャンのひとりです。

おっきなお星として、空に昇ったのですね。

ファンはずっといつまでも、
あなたの歌を歌い、
あなたの歌を聴き、
胸に響かせ、
地球に響かせ、
祈りとしてあなたに届けます。
あなたも空から、その歌声を響かせてくださいね☆

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2009年4月10日 (金)

川の桜

川の桜
川の桜
月島の桜と9日満月の目黒川の桜。

桜の季節、清澄通りを走るのはとてもきれい。
川&桜、川&桜、川&桜…の連続だ。
目線は高いほうがきれい。
バイクかジープ、またはバスがいい。

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2009年4月 5日 (日)

もんじゃムービー

☆もんじゃムービー☆

私がもんじゃ作る様子が、gooのpicasaというページにアップされてます。
友人のゆっこが撮ってくれたもの。
ムービーは何回か試さないと見えないかもしれないそうです。
「見られません」と表示されても何回かクリックするとよいそうです。
見てみてね(^0^)/

http://picasaweb.google.com/yuufan510/200903_?authkey=Gv1sRgCOKvvM3j26DBHQ#

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2009年4月 4日 (土)

桜
 近所の桜。
この桜、こんなに大きかったっけ。
「立派だね。きれいだね。ステキだね」といったら、
「どうかな…?」と、はにかむように返事をした。
初老の男性の感じ…。
その謙虚さ、けなげさ、やさしさに泣けた。
強い花散らしの風に、花がたくさん、木の周りに柄ごと落ちていた。
それを気の毒がると、
「そんたもんかな」とさらっといった。
木は辛抱強い。木は、文句をいわない。木は、いろんなことを平然と受け止める。
木は、生存だけできていれば文句がない。自分が生存できなくても、他で仲間が生きていたり、枯れた自分から新しい命がはじまれば、何もいわない。
(2009.4/3)

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2009年3月25日 (水)

植物は

 植物は、与えると同時に与え返してくれる。
「キレイ〜」とほめると、ほめられたことに「ありがとう(^0^)/!」と喜ぶと同時に、
「あなたを喜ばせられて、癒せて、嬉しい!(^0^)/(^。^)」と喜んでくれる。
よく、「美しさを競うかのように」花が咲いている、といった表現があるけれど、花にそれはないな〜、まだ、私の感じるかぎりでは。
(2009.3/25)

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2009年2月28日 (土)

耳で聴くということ

だいぶ昔に気付いたことなんだけど、今再び、イシキに上ってきたので、私にはふつうの設定?(私という感知器の設定)になっているのですが、伝えたいので、書きます。

だいぶ前、友人から、あまりギャラはよくない^_^;ある仕事を頼まれました。

 tvのトーク番組を本にする仕事。いわゆるtv本、トーク本のハシリです。

みんなはビデオから原稿を起こしていたけど、私はビデオは仕組み的にラグがあり、面倒くさかったので、全部テープにダビングして、いわゆるウォークマンみたいので、ヘッドフォンで仕事に着手しました。

中には、キライな芸能人も入っていて、ヤダなぁ〜なんて思いながら取りかかったのですが…。

意外や意外。

ぜんぜん違う世界が広がってきた。

キライと思っていたあの人が、ものすごく気を使っていたり、ヤなヤツと思っていた人が、自信がなくて精一杯がんばっていたり。

耳から入る情報は、私が認識していたものとぜんぜん違う!w(゜o゜)w
たまげたのなんのって。

私の今までの認識をイレーズせねば! 地動説が天動説になるぐらい…!?は少し大げさだけど、そのぐらい驚いた。いかに、視覚情報に頼り、不正確な評価を認識してるかって。

そのテープ起こし以後、キライから好き、大好きに変わった人がたくさんいます。

その見方を1度インプットしたあとは、tvでそのタレントさんたちを見たときも、新しい認識で見えます。今、すごくがんばった、とか、ちゃんと見えます。

なんでも、ポイントがわかると、今まで見えていなかったその世界が浮かび上がってくる。それと同じ。
 プロの世界はきっと、たくさんのコレ、そして、コレの絡み合い。
 
 パソの中の、使ってない、あるって知らなかったアプリを立ち上げたって感じ? 最初はちょっと、使い方を磨かなくちゃいけない。

 視覚情報は、80%以上とか、90%以上とかいわれています。

私たちは、幻影に惑わされ、捕われ、けっこう、本質を取り逃がしているかも。

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